OLYMPUS M-1の米谷美久氏逝去

OLYMPUS M-1、OM-SYSTEM 28mm F2.8 MC OLYMPUS-PENシリーズからOM-SYSTEM、XAシリーズを設計されたオリンパスの米谷美久氏が逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。

 OMシリーズの元祖であるOLYMPUS M-1(OM-1の1972-1973年の初期生産分)は全く疎遠であった私の寫眞に對する姿勢や技術を教へてくれた、私にとっては究極の名機であります。

 カメラといふのは要するに暗い箱で有りさへすれば良くて、あとは絞り機構とシャッター機構があればOK、といふごくごく當たり前の事實を氣付かせてくれました。

 初期のデジカメで適當に遊んで何となく物足りなさを感じていた私の中で、遅ればせながらOM-1に初めて触れることができて、その時の體驗は強烈なものとなって私の中に殘っております。

 欲しい。どうせ探すなら私と同年齢のものを、と思ひ立ち、都内を驅け回って、極めて希少である本物の完動品M-1を探し出したときには鳥肌が立ちました。(トップカバーだけ交換してある模造品が多いのもまた事實でして、見分け方はシリアルナンバーや接眼窓の深さ、フィルムレールのガイドビスの數などなどが判明してるやうでして、それを參考にショーケースを睨みまくったのも良い思ひ出でございます。)

 この寫眞機を使って短期間で百本近くリバーサルフィルムを撮って勉強しまくりました。最初はそりゃぁもう酷いもんでしたが、途中からは失敗も減ってきて、36コマ全て露出OKを出せるやうになるまで結構かかりました。かういふものは、強烈な經驗で身をもって知るのが一番である、といふのは良い教訓となっております。このM-1が無ければ、現在大型寫眞機を使うことすらままならなかったでせう。光學とフィルムの單純性とそれ故の愉しさといふのは、やはり本格的に使った事のある者のみが知りうる世界ではないかと思ひます。

 手で操作し、ゼンマイ仕掛けで動作する、電池すら要らない小型の完全機械式寫眞機。機械式の宿命で調整が狂ってきて光線引きとコマ間のズレが顕著になってきたため、数年前に関東カメラサービスにオーバーホールに出し、微妙に穴の空いていたシャッター幕の交換と露出計の調整、ギア清掃と注油、表皮の交換をやってもらいました。貴重なオリジナルのシャッター幕と表皮は保管してあります。現在ではほぼ完全な状態にて我が家の防濕庫で保管されております。レンズはM-SYSTEM銘柄の50mm F1.4と、OM-SYSTEM銘柄のマルチコート仕様の28mm F2.8、それと90mm F2 MACROの三本が殘っております。あと百年くらいは樂勝で闘へさうです。

 私はこの寫眞機と平行してオリンパス繋がりでE-300やE-500そこからE-1と使い続けたのですが、ファインダーの小ささと、そもそものデジカメの空疎感に對する拒絶感から、現在では我が家に殘っておりません。また、超高速シャッターや超高速連射、オートフォーカス用途や高度なマルチパターン測光ではOMシリーズだと手が出ないのも事實なので、35mm版の主力は現行機であるNikon F6へとシステムを變更しました。

 しかし、小型寫眞機の私の基準は依然としてM-1であり、死ぬまでこれが基準機であり續けることでせう。ちなみにM-1の「M」は實は米谷氏のMである、といふのは公然の秘密でありまして、今は無き朝日ソノラマの『一眼レフ戦争とOMの挑戦』(刊行後すぐ買いました)や『OLYMPUS E-1スーパームック』などにちょこっと書いてあった記憶があります。前者やその前編に相當する『「オリンパス・ペン」の挑戦』は版元消滅により絶版狀態のやうです。大變面白くも愉快な書籍なので、是非どこかで復刻して欲しいものです。

OLYMPUS M-1、OM-SYSTEM 28mm F2.8 MC

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