吉野ヶ里遺蹟

ちょっと前だが吉野ヶ里遺蹟に行ってきた。福岡市より車で30分-1時間程度である。確か6月頃であったが、この時も8月の現在と同じくらい暑く、ヒーヒー言いながら廻った記憶がある。

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吉野ヶ里遺蹟に關する知識は余り持ち合はせて居ないのが殘念であるが、この周辺は遙か昔より肥沃な地であった事は間違ひなく、豪族のものである壺型の棺が大量に小高い丘陵地に見つかっていたりして、なかなか想像を掻き立ててくれる。

建物は倉庫に相當するものが高床式、住居に相當するものが竪穴式と分かれていた。これらの再現は想像との事であるが、それなりに考證がされてゐるらしい。當たらずしも遠からずと言ったところであらうか。

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他の寫眞も大量にあったのだが、とりあえずVueScanの使ひこなしをあれこれしていたら時間切れになってしまった。が、その成果として、GT-X970とブローニーホルダーによる6コマ自動切り出しバッチスキャン、及びDigital ICE相當のゴミ取りが出來るやうになった(要するにEPSON Scan相當のものである)。前回も指摘したやうに、スキャン動作そのものが比較的に閑か且つ高速であり、もはやEPSON Scanに戻る氣すら失せてしまった。

なを、上記畫像はかなりのコントラストで暗部が潰れ氣味であるが、實際の見た目がこれであって、リバーサルフィルムのライトボックス上での濃さもこの通りなので、そのまま何もいじってない。2枚目が特に顕著であるものの、これはDistagon CFiの特徴でもある。これを打ち消すにはASTIA 100Fが有效であったが、生産中止の現在、我が家に一箱殘るのみである。

さて、忘れないやうに、VueScanの設定値をメモしておこう。全て標準値からの變更點のみの差分である。

「入力」タブ

  • モード: 透過光原稿
  • 対象: スライドフィルム
  • 1ピクセルあたりのビット: 64ビットRGBI
  • バッチスキャン: すべての
  • プレビュー解像度: 400dpi
  • スキャン解像度: 1600dpi

Screen Shot 2013-08-18 at 20.40.48

「切り抜き」タブ

  • 切り抜きサイズ: マニュアル
  • 切り抜きの複合: MF
  • プレビューエリア: 最大

Screen Shot 2013-08-18 at 20.41.20

「フィルター」タブ

  • 赤外線スキャンによる塵除去: 弱
  • シャープにする: ON

Screen Shot 2013-08-18 at 20.41.27

中にはよく分からないで設定しているものもあり、本當にこれで良いのか考へているものもある。が、これでEPSON Scan相當の自動処理が出來ている。あとは、入力タブの「フレーム番号」で1枚ずつスキャン範囲や露出等を決めていけば、勝手に記憶して、その設定値で一氣にスキャンしてくれる。賢いやつである。後日改めてこれ専用の記事を掲載したい。

※畫像を大きくし、VueScanの設定スクリーンショットを追加しました

野苺の花 Proxar 0.5 + Planar 80mmの限界

野苺の花
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凄く良く咲いていたのでProxar 0.5を付けて撮ってみた。青っぽいのは實際に天氣が惡かったのと、しかも日陰であったためであり、見た目どおりである。

Planar 80mmにフードを付けていた場合、フードの先から10cmくらいの距離が最短撮影距離になるのであるが、實際問題これより短い距離で撮影した場合、フードに當たってしまうといふ問題が發生する。フードを外せばもう少し距離を短くできるものの、今度はレンズが蔭になってしまうといふ問題が起きる。

假にこれ以上大きく擴大したいといふ場合、レンズそのものの長さを縮める譯にもいかない譯で、選擇肢としてはもっと焦點距離の長いレンズで撮影するしかない。ただ、余りにも大きく寫しすぎた場合(フィルムに寫った像が實物よりも大きい場合)、もはや生物學的な學術用資料のやうになってしまうのが難點でもある。この辺は小さな判面の35mm判では味わう事の出來ない惱ましさでもあらう。

舞鶴公園の牡丹 Carl Zeiss Proxar 0.5

舞鶴公園の牡丹
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もう5月である。今日は博多どんたくを外ではやっとったのであるが、博多松囃子と博多にわかを聞いて來て滿足である。寫眞の方は松囃子をFUJICOLOR PRO400で撮ってきたのであるが、當然ながら現像のあがりはまだ先であるため、4月末に撮った牡丹でも載っける事にする。

さて牡丹はきわめてデカい花である。ほらほら撮って! と云はんばかりの花を咲かせるのであるが、どれ撮ってやらう、と思った場合、人情としてはファインダー一杯に撮ってやりたくなる。大きな牡丹の花を6×6判にいっぱいに撮った場合、擴大率はだいたい1:4〜1:8くらいなのだらうか。

が、HASSELBLADを手持ちで撮影する場合、Planar 80mmの最短撮影距離は約0.9mである。WISTAを使ふ場合は150mmをつけて蛇腹を300mmくらい伸ばせばどんだけでも大きく撮せるのであるが、小型手持ち機であるHASSELBLADにはそれができない。できないから大きく撮せない。これでは不満が殘りまくる。

この場合の選擇肢は二つである。(1)Extension Tubeを付けて蛇腹を延ばしたのと同じ構成にする、(2)Proxarといふクローズアップレンズを付ける、である。このいづれかで大きく撮せるやうになる。

(1)の選擇が通常のものであるが、くそめんどくさい話として、蛇腹を延ばした(のと同じやうにExtension Tubeを噛ました)場合、露出倍數を計算してやらねばならない。具體的には、延ばした距離に應じて露出を多めにかけて(數段分絞りを明けるか、シャッター速度を遅くするか)やらねばならないのである。

蛇腹のビューカメラでも同じなのだが、この露出倍數の計算がくそめんどくさい、といふのもあるが何より「忘れる」ことが多いのである。撮る際に數段分落とすのを忘れて、現像後に暗い上がりを観てびっくり!といふ事が何度あらうか。さすがに最近は何度も何度も痛い目に遭っているだけあって忘れる事は少なくなったが、それでも怖いといふのは正直な感想である。

※經驗的に憶へている數値としては、150mmレンズを付けて蛇腹を300mmに伸ばしてピントを合はせた場合、露出は2段暗めに出る、といふのがある。これが忘れるのだよ・・・

それに對して(2)のクローズアップレンズは露出倍数を氣にする事がない。露出はそのままで良いのである。その代わり、レンズを一枚かますわけで、寫りに惡影響が出る可能性が在るわけである。

その中でもHASSELBLAD純正のProxarはCarl Zeiss社製のものであり、T*コーティングもされている事からなかなか良いものであると巷では云はれ續けているものである。0.5、1.0、2.0と三種類あり、我が家にもこのProxarの0.5と2.0の2枚を激安で海外から調達したものがある。

凄く判りづらいのだが(といふかまともに解説してある日本語サイトを知らないのだが)、この0.5とか1.0とか付いている數値は、無限遠をこの距離(メートル)に強引に變換する、といふ指標になっている。つまり、Proxar 0.5をPlanar 80mmに付けた場合、ピントが合う距離が通常の「0.9m – ∞」から「0.3m – 0.5m」に變換されるのである。

これはProxarに付属のマニュアルを讀めば一目瞭然なのであるが、殘念な事にマニュアル付きのProxarはなかなか世の中に出回らなく、しかもマニュアルのPDFが公開されてないやうで、ほとんどは裸のレンズのみである。しかも無駄に高い。適正價格は1萬圓以内だと思ふのだが、これを越へる價格で取引されてしまっているのはどうよ、と思ふ。デジカメなんぞ新機種が出たらボロクソに中古價格が崩壊するくせに、HASSELBLADやRolleiの最終モデルなぞは全然價格が落ちないので困っている次第である。みんな頼むからデジカメに行ってくれ・・・(安く買いたいので)

まあそんなわけで、この寫眞も最短撮影距離である0.3mから激寫したものである。観てもあまり判らないのだが、ピントが合っている所は元々のPlanar 80mm CFEの切れ味そのままである。が、あまり判らないものの無限遠側のボケについては、二線ボケの傾向が少し出てくる。

まあ強引に無限遠を矯正しているのでしゃーない話でもあるのだが、その缺點を持ってしても便利さには叶はない、といふ事でProxar 0.5を使いまくる日々である。寫眞の牡丹を撮影した際は暗かったので、ほんとに暗く寫っている。他の寫眞もさうであるが、現物のリバーサルフィルムからスキャンして、フィルムの縁を切り抜いてサイズ變換している、ほぼストレート出力である。最近主流のHDR風インチキ高彩度塗り繪と比較すると暗く眠いと思ふが、やはり花びらは滑らかさが出てナンボだと思ふのであるので、そのままにしている。

櫻の蔭 中判カメラの存在理由


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櫻を撮っていて、ふと上を向くと幸せな光景がそこに。そんな經驗は誰しもあるだらう。

そんなときにちょいと撮影、となるとビューカメラだとそもそも三脚が立てられない等の制約がある事が多く、結局は手持ちで撮影できる事がそのやうな際の最低条件となる。

もちろん4×5サイズのフィルムでも手持ち撮影できるのは間違いないし8×10でも實踐されているので何とも良いやうがないのであるが、中級者程度の者が手を出せる市販のカメラとなると中判カメラが事實上の限界となるだらう。

この寫眞もふと上を向いたときに八重櫻と白い櫻が青空に映えたのがとても綺麗と感じたため、パッと櫻色側の花びらを数カ所スポット測光したあと、ハッセルに持ち替えてシャッター速度・絞りを設定し、レンズを上に向けてピントフードを上げ、ルーペを跳ね上げてピントを合わせ撮影したものである。ここまで10数秒もあれば完了してしまうのは、重量級の裝備がどうしても必須となってしまうビューカメラでは到底無理な所作である。

ちなみにハッセルブラッドのピントフードは上から覗く逆像タイプであるため、眞上を撮る際にでも首を上に向ける必要がなく、普通に正面を向いていればよい。これはもの凄い便利である。正像のアイレベルファインダーだと無理な藝當であらう。

用途に應じてフィルムは安價に選擇できる。しかも現在フィルムカメラは二束三文の叩き賣りである。フィルムの將來性が危ぶまれて早十数年であるが、フィルムは数は少なくなれどまだ存在し、危ぶんでいた十年前のプラスチック外装デジカメは今やゴミ以下の扱い、當時撮影した低畫素JPEGファイルは雑魚扱いでRAWは對應不能なソフトが増加である。私のハッセルは1999年製であるが、金属製の外見も大して變はらず、何の問題もなく相變はらずウルトラ快調である。昔撮影したフィルムは35mm判であれ、通常用途であれば解像度的にも問題ない。現實的に撮影可能な枚数を考慮した上でコスト的に観ても、フィルムはなかなか良い線を行ってると思ふのであるが如何であらうか?

まあ話がだいぶ逸れたのであるが、どっちにしろ用途に應じたフィルム選擇とカメラの持ち替へは、フィルム利用者の大きな選擇肢である。私の場合、手持ちはハッセルブラッドの一眼レフカメラ、三脚用途はウイスタのビューカメラ、手ぶらの場合はポケットにOLYMPUS XA、といふだけである。

舞鶴公園の櫻 Velvia100Fの癖

先週初め頃の寫眞である。所謂「福岡城趾」たる舞鶴公園の櫻である。現像に出し、歸ってきて、スキャナーで取りこむとこのタイムラグである。寫眞は撮影した瞬間に常に過去を映すものであるため、一週間の間が空くことはさほど痛手ではない。むしろ撮影時の主観が抜けた頃に届く結果に對して、素直に結果を受け止める事ができるのは非常に有利であると感じている次第だ。

午前10時頃だったかであったため、色温度が高く全體的に蒼っぽい寫眞になっている。丁度八分咲きくらいであったため、この日は調子よく120のブローニーフィルムを一氣に4本も撮ってしまった。このやうなことは年に何度あるかといったところである。

ブローニーはフィルムがでかい割に價格が安く、5本パックでも2000円ちょっとで買えるため、非常にお財布にも優しく、しかも高精細で滿足度が極めて高い判だ。コダックのブローニーNo.2以來のロールフィルムの事實上の元祖とも云へるため、最後まで殘るロールフィルムは135判(ライカ判)ではなくこの120判とも云はれているのも頷ける話である。

さて私はいつも富士フイルムのPROVIA 100Fを使っているのであるが、この時は丁度PROVIAが品切れであり、嫁が氣を利かせてVelvia100Fを買ってきてくれたため、しやうがなく使ふことにした。使う段になると「さほど違はないよな」と思ひガンガン使ったのであるが、結果はこの通り。

Velviaシリーズ共通の特徴と云ふか弱點でもあるのだが、順光時の青空が異樣に暗く濃く寫る、といふのがある。Velvia100がこれの代表例でもあるのだが、Velvia50・100・100F三種のなかでも最もPROVIA寄りである100Fでここまでの典型例が出るとは思ってもみなかった。

當然ながら染料を使っているカラーフィルムの色再現にああだこうだ云ふのはどうよ、といふ意見があるのも承知してはいるのだが、ここまで異なる色を出すカラーフィルムといふのもどうよ、と突っ込みたくもなる譯である。そりゃまあ、この大げさな色を好む人が多いのも知ってはいるし、90年代に初代Velviaが出て以來大流行したといふのも知ってるものの、流石にさういふ時代でもなからう、と思ふのである。

勿論これ以外のカットはそれなりに良く撮れており、このやうな例はこの方角で撮ったもののみではあるものの、やはり高精細型カラーリバーサルフィルムの限界といふものも改めて知らしめられた次第である。

ちなみにであるが、元々はどのやうな色だったかといふと、再現は不能ではあるもののLightroom 4でいじくってそれっぽく補正してみた。

福岡の櫻は殆ど散ってしまった。花の命は短いが、其の後からは猛烈な青葉が芽吹いている。

皇后の梅 太宰府天満宮


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皇后の梅(きさいのうめ)。貞明皇后が大正時代にお植えになったとの梅で、飛梅の反對側に竝んで植わっている。この時期の太宰府天満宮は梅盡しでなかなか趣があって極めて好ましい。本殿の神々しさに相まって極めて有り難く、嗚呼九州人で良かったなぁと熟々思ひ返す瞬間でもある。その場で撮影者に出来る事と云へば、有り難い光をそのまま頂き、自然現象としてそのままフィルムに感光させるのみである。それ即ち寫眞である。

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かつてはゴチャゴチャしていた參道も綺麗になっている上、梅ヶ枝餅が極めて美味であるため大宰府訪問はちょっとした樂しみのひとつである。ちなみに最近の一番人氣は「傘の屋」といふお店だったと思ふのだが、ここはカリッと焼いてあり確かに美味しい。ただ、他の店が不味いかといふとさうでもないので、私は大抵待つことなくすぐ買へる「みどり屋」を贔屓にしている。ここも同じくカリッとしている上にボリュームも多く、立ち寄るとすぐおばちゃんが渡してくれる。梅ヶ枝餅はかうでなくてはいけない。竝んで買ふものではなからう。

熊本出身の身としては太宰府天満宮の幼少時の記憶なぞ殆ど無いのではあるのだが、高校時代だったかに來たときにはもっと土煙たなびき小汚い店と梅ヶ枝餅の露天が竝ぶ一種猥雜な感触を持っていたもののである。が、時は代はり、今となってはプチ鎌倉と云はんばかりのお洒落さんゾーンと化し、森ガールのやうなお洒落さんがふらふら歩いていたりする。ここまで若者を引きつけ信仰を集める太宰府天満宮も凄いものである。

當然ながら參道でハッセルを振り回すやうな野暮はしないので寫眞は無い。所謂スナップ撮影については、私自身が撮られる事に抵抗があるため極力行はないやうにしているのだが、それはまたべつの機会に。

飛梅 太宰府天満宮


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久しぶりに更新。年始より人間的な生活があまり送れてなかったので、反省して。寫眞を撮るだけ撮るんだけど、撮っただけで滿足して放置といふ生活を送ってしまっていたため、是正するためにちょっとずつ更新していく事にする。

太宰府天満宮。知る人ぞ知るお宮であるのだが、詳しい事は公式ページWikipedia等を參照して頂くとして、現代の現地人からすると、いはゆる「學問の神樣」である。

そこには飛梅傳説といふ面白い話があるのだが、その飛梅さんご本體といふかご本尊といふか、本物(と云はれる木)はまだそこに立派に咲いている譯である。この梅のお陰で大宰府=梅のシンボルマークが成立し、太宰府市はもとより參道で食べる事を半強制される食べざるを得ない「梅ヶ枝餅」にも立派に梅の焼き印が入っている。

この太宰府天満宮の横の山奥には九州國立博物館があり、この時も細川家の至寶とか云ふ催しで訪れたのであったのだが、毎度お詣りして敬虔な市井民を標榜するのであった。單におみくじが好きなだけかも知れんが・・・

この時はまだ梅が咲き始めだったた上に天気が良くなく、余り目立った成果は無かったのだが、飛び梅がうまい具合に咲き始めていたため、最近接距離からPlanar 80mm解放近くで一發撮りである。大判で撮るやうになってから同じ構圖の寫眞は一枚しか撮らない主義になったため、120フィルムの6×6で撮った12枚はバラエティに富んでいる。全部違う寫眞である。たまに失敗もあるが、露出さえ狂ってなければなんとかなるもんである。