35mmシステムの有り難さ

寫眞のBlogを分けた事もあるが、これまで雜誌執筆の延長で「ですます調」で書いていたのを、より個人性の高い「だである調」に變へてみた。ご容赦頂きたい。

さてけふは福岡國際マラソンが近所で開催された事もあり、道路狀況があまりよろしくない(通行止めされまくる)ので、ならばとテレビで中継を途中まで見ていたのを切り上げ、平和臺競技場に急行した。昨日は大型寫眞機を担いで阿蘇の外輪山をえっちらおっちら登った事もあり、けふは輕いのがいいなぁと思ひ、暫く使ってなかったM-1のシステムを持ち出す事にした。

OLYMPUS M-1 system

いつもはかういふ場合HASSELBLADのシステムを持ち出すのだが、長焦点距離のレンズをまだ持ち合わせてない事もあるし、何よりそれはそれなりに結構重いといふのもあってパス。とにかく輕く、とにかくチャチャッと撮れる事。F6を持ち出すのも嫌な感じだったので、M-1に登板してもらった。

我が家のM-SYSTEM (OM-SYSTEM)では現在3本のレンズが残存しているが、28mm F2.8、50mm F1.4、90mm F2 MACRO、これとM-1本體の総重量が1kgちょっと。何といふ輕さ。こいつらをLoweproのバッグに突っ込む譯だが、それでもバッグはスカスカ。だいたいこの3本があれば何でも撮れる。欲を言へば180mm F2.8がもう一本あればもっと良いのだが、さうなるともっと重くなる(財布は輕くなる)から先の話である。

最近35mmで撮ってなかったのでフィルムあるか!?と冷蔵庫を覗くと、Velvia 100Fが上手い具合に2本轉がっているではないか。箱を捨ててしまったためいつ買ったのかよく分からんが、まあ良いだらうとチャッチャと詰めて現場へ急行。

福岡國際マラソン

さて平和臺の現場では人もそこそこ(まあ福岡なので)で、先頭の選手が突入してくる3分前くらいに到着。先頭の選手が駆け込んでくるのをのんびりと應援しつつ、動的に合わせるのもダルかったため、90mmを付けて1/250-1/125の置きピンでじゃんじゃん撮る事に。撮れたかどうかは現像が上がってきてからのお樂しみ。

現場で感じたのは「撮りやすさ」。當たり前である。露出計は内蔵していて、輕い。とにかく輕い。三脚含めて7-8kg超の大型寫眞機と比べるのがおかしな話であるが、たった1kgちょっとが筋肉痛の我が身に有り難いのである。これだけで十分なメリットである。

ただ、撮った事の滿足度はやっぱり「感光サイズ相當」。4×5の強大な滿足度に比較しても、ほんのちょっとなのである。フィルム一本分じゃんじゃん撮った割に、どうも滿足しないのだ。これは單に大判ジャンキーであるだけの話かもしれない。が、結果を見てもたぶん釋然としないはずである。どうしても4×5と比較してしまうため、「もっと高精細に寫っててよ!」との心の声が(笑)

とはいえ、この小型のOM-SYSTEMも、久しぶりに使ってみて本當に良くできているものだと再確認できた。現像のあがりを見て、それなりの成果を上げてくれれば、もう一・二本レンズを足してみるのも良いかもしれん。

OLYMPUS M-1の米谷美久氏逝去

OLYMPUS M-1、OM-SYSTEM 28mm F2.8 MC OLYMPUS-PENシリーズからOM-SYSTEM、XAシリーズを設計されたオリンパスの米谷美久氏が逝去されました。謹んで哀悼の意を表します。

 OMシリーズの元祖であるOLYMPUS M-1(OM-1の1972-1973年の初期生産分)は全く疎遠であった私の寫眞に對する姿勢や技術を教へてくれた、私にとっては究極の名機であります。

 カメラといふのは要するに暗い箱で有りさへすれば良くて、あとは絞り機構とシャッター機構があればOK、といふごくごく當たり前の事實を氣付かせてくれました。

 初期のデジカメで適當に遊んで何となく物足りなさを感じていた私の中で、遅ればせながらOM-1に初めて触れることができて、その時の體驗は強烈なものとなって私の中に殘っております。

 欲しい。どうせ探すなら私と同年齢のものを、と思ひ立ち、都内を驅け回って、極めて希少である本物の完動品M-1を探し出したときには鳥肌が立ちました。(トップカバーだけ交換してある模造品が多いのもまた事實でして、見分け方はシリアルナンバーや接眼窓の深さ、フィルムレールのガイドビスの數などなどが判明してるやうでして、それを參考にショーケースを睨みまくったのも良い思ひ出でございます。)

 この寫眞機を使って短期間で百本近くリバーサルフィルムを撮って勉強しまくりました。最初はそりゃぁもう酷いもんでしたが、途中からは失敗も減ってきて、36コマ全て露出OKを出せるやうになるまで結構かかりました。かういふものは、強烈な經驗で身をもって知るのが一番である、といふのは良い教訓となっております。このM-1が無ければ、現在大型寫眞機を使うことすらままならなかったでせう。光學とフィルムの單純性とそれ故の愉しさといふのは、やはり本格的に使った事のある者のみが知りうる世界ではないかと思ひます。

 手で操作し、ゼンマイ仕掛けで動作する、電池すら要らない小型の完全機械式寫眞機。機械式の宿命で調整が狂ってきて光線引きとコマ間のズレが顕著になってきたため、数年前に関東カメラサービスにオーバーホールに出し、微妙に穴の空いていたシャッター幕の交換と露出計の調整、ギア清掃と注油、表皮の交換をやってもらいました。貴重なオリジナルのシャッター幕と表皮は保管してあります。現在ではほぼ完全な状態にて我が家の防濕庫で保管されております。レンズはM-SYSTEM銘柄の50mm F1.4と、OM-SYSTEM銘柄のマルチコート仕様の28mm F2.8、それと90mm F2 MACROの三本が殘っております。あと百年くらいは樂勝で闘へさうです。

 私はこの寫眞機と平行してオリンパス繋がりでE-300やE-500そこからE-1と使い続けたのですが、ファインダーの小ささと、そもそものデジカメの空疎感に對する拒絶感から、現在では我が家に殘っておりません。また、超高速シャッターや超高速連射、オートフォーカス用途や高度なマルチパターン測光ではOMシリーズだと手が出ないのも事實なので、35mm版の主力は現行機であるNikon F6へとシステムを變更しました。

 しかし、小型寫眞機の私の基準は依然としてM-1であり、死ぬまでこれが基準機であり續けることでせう。ちなみにM-1の「M」は實は米谷氏のMである、といふのは公然の秘密でありまして、今は無き朝日ソノラマの『一眼レフ戦争とOMの挑戦』(刊行後すぐ買いました)や『OLYMPUS E-1スーパームック』などにちょこっと書いてあった記憶があります。前者やその前編に相當する『「オリンパス・ペン」の挑戦』は版元消滅により絶版狀態のやうです。大變面白くも愉快な書籍なので、是非どこかで復刻して欲しいものです。

OLYMPUS M-1、OM-SYSTEM 28mm F2.8 MC