大型カメラWISTA45 SPの使い方(2012年版)その2

その1の続きである。

次は実際に使ってみるところを解説してみる。

WISTA45 SP

組み立て完了のところ。ここから再開。

WISTA45 SP

裏。いわゆるグラフロックバッグである。バッジが付いてるところはファインダーのフードになっていて、下の丸ボタンを上にスライドさせることによってバネで跳ね上げられる。

WISTA45 SP

ファインダーフードを跳ね上げたところ。当然ながら金属製+革製で、ファインダーガラスのプロテクターも兼ねている。こういう堅い所が金属製ビューテクニカル機の良い所である。

WISTA45 SP

フードは横に開ける。邪魔なときはこういう風に開いて・・・

WISTA45 SP

こうやってワンタッチで外せる。上に持ち上げたら番井がバネになってるので引っ込んで外せる。日本製らしく意外に作り込みが細かい。

WISTA45 SP

外したところ。ここまで来ると通常のビューカメラと同じような見栄えになってきた。但し、この状態だとファインダー像が暗すぎて屋外だと全く見えない。冠布(かんぷ)が必須である。ちなみにこのファインダーはWISTAにお願いして、標準構成のフレネルレンズ(波が刻んであるプラスチック板)ではなく、普通の磨りガラス(方眼罫線入り)に変えてもらっている。厚みが違うので、抑えの金属もカスタムになっている。フレネルは明るいけど、目が粗くてピントが合わせにくいのだ。磨りガラス+ルーペ最強。
WISTA45 SP

後ろのグラフロックバッグは、特にストッパーも無く、動かしたいときにグイッと回せばくるっと回る。いわゆるリボルビングバック。縦位置にするのもワンタッチで、90度回転した所でカクッと止まる。堅いからクルクルは回らない。金属製カメラ万歳。

WISTA45 SP

縦位置。この眺めはなかなか格好いい。ちなみに花を撮影する場合は何故か縦位置で撮影する事が多い。

WISTA45 SP

で、撮影時。ファインダーを持ち上げてカットホルダーを滑り込ませる。ここではよく使うSinarのロールフィルムホルダーを突っ込んでいる。

WISTA45 SP

突っ込み終わり。グラフロックバッグ規格なので、カクっと止まる。WISTA45の場合、枠から出っ張った所が邪魔で引っかかる。これは過去の記事で書いたとおり。

WISTA45 SP

んで、引き蓋を引いて撮影。4×5サイズのカットホルダーも、インスタントフィルムホルダーのPA-45も同じ手順である。引き蓋を引かずにシャッターを切ったり、シャッターを閉じずに引き蓋を引いて感光させたりしないように注意。

WISTA45 SP

ファインダーは当然ながら外せる。バネで押さえてある銀色のアームを押し込んでずらすと、するっと外れる。

WISTA45 SP

外したところ。蛇腹の中身はからっぽである。そりゃそうだ。写真機なぞ元からこんなもんである。奥に見えるのはレンズの後玉である。レンズシャッターを開けているので向こう側が見える。

その3へ続く。

大型カメラWISTA45 SPの使い方(2012年版) その1

この特集は観てもらえる人を増やすため、現代仮名遣い+新字体を使います。

先週までのHASSELBLADの話題は段々飽きてきた。ので、メインで使ってる大型写真機の利用者を増やすべく、愛機WISTA45 SPをざっくりと説明していきたい。この辺は書籍にもあまり書いてないので、実際に使ってみるしかよく分からないだろう。各メーカーが説明書等々をフリーで公開してくれれば良いのだが、仮に公開されたとしても余り記載が詳しくないので、やっぱり有用であろうと思う。

過去にもなんか書いた記憶があるのだが、そこまで詳しくは書いてなかったと思うので、今年版という事でひとつ。ちなみにWISTAの人曰く、我が家のはWISTA45 SPの前期型(初期型)らしく、部分的に色が違ったり材質が違ったりしているのだが、現行型と比較しても大して変わらんので安心して欲しい。

WISTA45 SP

立てたところ。畳んである。重さは大体2.9kg。総合金製で頑丈である。各種機能が満載であり、Linhofマスターテヒニカと似てる割に、比較しても結構機能が異なる。まあ実際使ってみれば判るのだが。

WISTA45 SP

裏。三脚穴は通常の国産の1/4インチのやつ。純国産だし。MADE IN JAPAN。というか板橋区製。ウイスタはリトレックSPとかリトレックビューで有名な、昔の武蔵野光機の後継会社である。

WISTA45 SP

ベッド部に見えるボタンを押し込んで開く。開く前に取っ手の下に見える大型のダイアル左右両側を緩めないと開かないので注意。このようにリンホフのマスターテヒニカとかと比較しても、ベッド部にタスキが無くて極めて頑丈である。

WISTA45 SP

開いたところ。後枠とベッドを繋いでるダイヤルが強大にデカいのが判るだろう。後枠は前後に動かせるが、途中でクリックが入り傾けた分量が判りやすくなっている。総金属製ならではである。伊達に重い訳じゃないのだ。

WISTA45 SP

前枠を引き出す。その為に一段目のレールを後枠にくっつける。マスターテヒニカと同じなのだが、これをやらんと削れるので注意。マニュアルにもちゃんと書いてある。

WISTA45 SP

取っ手を摘んでズリズリと引き出す。離すと止まる。かなり硬いので注意。逆にユルユルだと困るので、これはこれで正解。

WISTA45 SP

ベッドと後枠を繋ぐダイヤルを締め込んで固定。

WISTA45 SP

WISTA45シリーズは二段レールになっているため、ここでは250mmレンズを付けるために一段目を引き出す。固定は二段目に付いてる二つのレバーで行う。操作が直感的で非常に判りやすい。

WISTA45 SP

で、レンズをはめる。レンズボードはいわゆるリンホフタイプならなんでもはまる。はず。これは過去の記事の通りWISTA純正のボードをヨドバシカメラ経由で取り寄せて使っている。3000円くらいだったはず。WISTAの金属製バッジが付いている。

WISTA45 SP

上のノブをちょいと上に持ち上げて固定。バネであるので楽ちん。よく見たら判るのだが、WISTAのバッジは日本でお馴染みの藤の家紋である。由来は知らんのだが、誰かの家のものだろうか。ちなみに熊本市にある藤崎八旙宮と同じ家紋であり、密かに気に入っている。日本製って感じでいいじゃないか。

WISTA45 SP

次にライズ用の前枠の固定ダイアルを緩める。向かって右側。

WISTA45 SP

次に向かって左側のライズ用のダイアルでズリズリと8mm持ち上げる。上の画像で判るが、丁度ライズで持ち上がった枠が8mmなので判りやすい。マニュアルに書いてあるのだが、リンホフタイプの下付ボード(オフセットボード)だと光軸が下になってしまうため、持ち上げないといけないのである。これ知らない人多いので注意。

WISTA45 SP

組み立て完成。だいたい慣れたら1分くらいで出来るようになるので、そんなに気にする必要はないだろう。あとはレリーズを付けて、レンズのシャッターを開け、絞り開放にしたら撮影開始である。

WISTA45 SPは生産開始から30年くらい経ってると思うのだが、WISTAのオンラインショップ(または板橋区の本社)やヨドバシカメラ等々でまだまだ現役で入手できる。当たり前だが修理もやってくれるし、蛇腹も含め各種パーツもヨドバシ経由またはWISTA直で供給OKである。これは日本製ならではである。

中古だと恐らく7万〜15万の間くらいが適正価格だと思うが、折角なら新品がいいという方は景気振興と会社存続も兼ねて如何だろうか。2.5kgで軽いけど機能が削れたWISTA45 VXというのもあるので、用途に応じて。

ちなみにWISTAからは一銭ももらってません(笑)

その2に続く

野苺の花 Proxar 0.5 + Planar 80mmの限界

野苺の花
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凄く良く咲いていたのでProxar 0.5を付けて撮ってみた。青っぽいのは實際に天氣が惡かったのと、しかも日陰であったためであり、見た目どおりである。

Planar 80mmにフードを付けていた場合、フードの先から10cmくらいの距離が最短撮影距離になるのであるが、實際問題これより短い距離で撮影した場合、フードに當たってしまうといふ問題が發生する。フードを外せばもう少し距離を短くできるものの、今度はレンズが蔭になってしまうといふ問題が起きる。

假にこれ以上大きく擴大したいといふ場合、レンズそのものの長さを縮める譯にもいかない譯で、選擇肢としてはもっと焦點距離の長いレンズで撮影するしかない。ただ、余りにも大きく寫しすぎた場合(フィルムに寫った像が實物よりも大きい場合)、もはや生物學的な學術用資料のやうになってしまうのが難點でもある。この辺は小さな判面の35mm判では味わう事の出來ない惱ましさでもあらう。

舞鶴公園の牡丹 Carl Zeiss Proxar 0.5

舞鶴公園の牡丹
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もう5月である。今日は博多どんたくを外ではやっとったのであるが、博多松囃子と博多にわかを聞いて來て滿足である。寫眞の方は松囃子をFUJICOLOR PRO400で撮ってきたのであるが、當然ながら現像のあがりはまだ先であるため、4月末に撮った牡丹でも載っける事にする。

さて牡丹はきわめてデカい花である。ほらほら撮って! と云はんばかりの花を咲かせるのであるが、どれ撮ってやらう、と思った場合、人情としてはファインダー一杯に撮ってやりたくなる。大きな牡丹の花を6×6判にいっぱいに撮った場合、擴大率はだいたい1:4〜1:8くらいなのだらうか。

が、HASSELBLADを手持ちで撮影する場合、Planar 80mmの最短撮影距離は約0.9mである。WISTAを使ふ場合は150mmをつけて蛇腹を300mmくらい伸ばせばどんだけでも大きく撮せるのであるが、小型手持ち機であるHASSELBLADにはそれができない。できないから大きく撮せない。これでは不満が殘りまくる。

この場合の選擇肢は二つである。(1)Extension Tubeを付けて蛇腹を延ばしたのと同じ構成にする、(2)Proxarといふクローズアップレンズを付ける、である。このいづれかで大きく撮せるやうになる。

(1)の選擇が通常のものであるが、くそめんどくさい話として、蛇腹を延ばした(のと同じやうにExtension Tubeを噛ました)場合、露出倍數を計算してやらねばならない。具體的には、延ばした距離に應じて露出を多めにかけて(數段分絞りを明けるか、シャッター速度を遅くするか)やらねばならないのである。

蛇腹のビューカメラでも同じなのだが、この露出倍數の計算がくそめんどくさい、といふのもあるが何より「忘れる」ことが多いのである。撮る際に數段分落とすのを忘れて、現像後に暗い上がりを観てびっくり!といふ事が何度あらうか。さすがに最近は何度も何度も痛い目に遭っているだけあって忘れる事は少なくなったが、それでも怖いといふのは正直な感想である。

※經驗的に憶へている數値としては、150mmレンズを付けて蛇腹を300mmに伸ばしてピントを合はせた場合、露出は2段暗めに出る、といふのがある。これが忘れるのだよ・・・

それに對して(2)のクローズアップレンズは露出倍数を氣にする事がない。露出はそのままで良いのである。その代わり、レンズを一枚かますわけで、寫りに惡影響が出る可能性が在るわけである。

その中でもHASSELBLAD純正のProxarはCarl Zeiss社製のものであり、T*コーティングもされている事からなかなか良いものであると巷では云はれ續けているものである。0.5、1.0、2.0と三種類あり、我が家にもこのProxarの0.5と2.0の2枚を激安で海外から調達したものがある。

凄く判りづらいのだが(といふかまともに解説してある日本語サイトを知らないのだが)、この0.5とか1.0とか付いている數値は、無限遠をこの距離(メートル)に強引に變換する、といふ指標になっている。つまり、Proxar 0.5をPlanar 80mmに付けた場合、ピントが合う距離が通常の「0.9m – ∞」から「0.3m – 0.5m」に變換されるのである。

これはProxarに付属のマニュアルを讀めば一目瞭然なのであるが、殘念な事にマニュアル付きのProxarはなかなか世の中に出回らなく、しかもマニュアルのPDFが公開されてないやうで、ほとんどは裸のレンズのみである。しかも無駄に高い。適正價格は1萬圓以内だと思ふのだが、これを越へる價格で取引されてしまっているのはどうよ、と思ふ。デジカメなんぞ新機種が出たらボロクソに中古價格が崩壊するくせに、HASSELBLADやRolleiの最終モデルなぞは全然價格が落ちないので困っている次第である。みんな頼むからデジカメに行ってくれ・・・(安く買いたいので)

まあそんなわけで、この寫眞も最短撮影距離である0.3mから激寫したものである。観てもあまり判らないのだが、ピントが合っている所は元々のPlanar 80mm CFEの切れ味そのままである。が、あまり判らないものの無限遠側のボケについては、二線ボケの傾向が少し出てくる。

まあ強引に無限遠を矯正しているのでしゃーない話でもあるのだが、その缺點を持ってしても便利さには叶はない、といふ事でProxar 0.5を使いまくる日々である。寫眞の牡丹を撮影した際は暗かったので、ほんとに暗く寫っている。他の寫眞もさうであるが、現物のリバーサルフィルムからスキャンして、フィルムの縁を切り抜いてサイズ變換している、ほぼストレート出力である。最近主流のHDR風インチキ高彩度塗り繪と比較すると暗く眠いと思ふが、やはり花びらは滑らかさが出てナンボだと思ふのであるので、そのままにしている。

福岡城大銀杏の新緑 CFi Distagonの威力と癖

福岡城大銀杏の新緑
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特に有名な木と云ふ譯でも無いと思ふのだが、でっかい銀杏に青々と新緑が出ていたので廣角レンズで撮ってみた。緑が綺麗なのである。それだけと云へばそれだけである。

本格的に寫眞を撮るようになってから、このやうな當たり前の景色に對して随分と敏感になったものだと感じる。普通は大して見向きもされない被寫體に對して綺麗だなと思ふ感覺は、デスクワーク主體の感性からは絶對に導き出せないと確信している。生活に侵入するデジタル万歳な流れから一時身を休めるためにも、寫眞こそはアナログで貫き通したいと考へる次第である。

しかし、買った當初は「あれー、こんなもんかな?」といふ感じだったCarl Zeiss Distagon T* 4/50 CFiであるが、最近は諸々大活躍である。結局は上手く使ひこなせなかっただけ、といふ結論になるのであらうが、やはり元々プロフェッショナル利用を想定しているHASSELBLADのレンズだけあって、一筋繩ではいかないところがある。

このCFi Distagonの使い方は難しい。無理に高精細型のフィルムを使ったりPLフィルターを利用すると暗所が潰れ階調の薄いトンデモ寫眞の出來上がりなのである。そのため、富士フイルムのリバーサルならPROVIA系かASTIA系、ネガならPRO 160NCかNS系の比較的普通の描寫をしてくれるタイプを用いる必要がある。先代のCF系だとVelviaでもOKだったさうであるが、とてもではないがこの最新型では無理。それだけコントラスト命で作り込まれていると考へれば良いのだらう。

また、35mm判換算で25mm前後の廣角レンズであるため、水平を嚴密に取らないと乗り物醉いしさうな寫眞になってしまう。これはSWC等に付いているBiogonなどと同じだとは思ふ。6×6判が特に目立ちやすいといふのもあるか。

あとは、FLEといふフローティングレンズ要素が手動であるため、こいつを距離に合はせてカチカチと設定する必要がある。大半は4m〜無限の所に合はせておけば良いのだが、たまに近接撮影する場合に設定を忘れてしまう。影響は微細であるものの、やはり正確に設定しておいた方が尖鋭度が良いやうな氣がする。

それと意外にも手振れしやすい。HASSELBLADの利點は手持ちで中判一眼といふ所に歸結してしまふと思っているのであるが、シャッタースピードは最低でも1/60は必要だと感じる。35mm判の感覺だと1/30でも行けると思ふのだが、愼重にシャッターを押してもぶれている事が多い。まあ、クソでかい503CWのグラインドミラーがバコ!と跳ね上がる衝撃なのだらうが、これは諦めるしかないか。

特に日本の有料廣告誌商業寫眞誌だと2000年代以降のCFi/CFEシリーズのレンズについては全く人氣がないといふガラパゴスな状況が續いたお陰でずいぶんと安價に底値で買へたこのレンズであるが、結局世界レベルでは人氣がありebayでも値上がり著しく、殘念ながら日本でも價格が徐々に上がりつつある。恐らく3年前に破格で購入した水準では現在では難しいだらう。といふか無理。もっと古代のCレンズ万々歳な中古カメラ屋主導の風潮が續いてくれればもっと安く買へたのだが。殘念である。

機械式寫眞器とはいへ、特に機械式こそメンテナンス命でもあり、部品供給等の心配が最も少ない最新式が選擇されるのは極めて合理的である。HASSELBLADなぞは愛でる對象としては元々イマイチであり、使い倒してナンボの實用機として世界中で取引されていたりするわけで、さういふモノとして珍重され愛用されるのは道具として幸せだろうな、とふと思ふ次第である。

福岡城の枝垂れ櫻

福岡城の枝垂れ櫻
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九州では櫻の季節が終はって久しいのではあるるが、フィルムの現像が上がってきているので今頃になって見返す日々である。何度か書いているやうに、これは寫眞の利點でもある。撮って直後に「プレビュー」できてしまう疑似寫眞器では當然ながら味わえないのだが、電子ファイルとは完全に事なり、フィルムの上に物理的に繪を成しているからこそ、時間がかかるのは必然だ。エア寫眞とは事なり、實際に触れるものには時間が必要なのだ。まあさういふ堅苦しい事はおいておこう。

さて、被寫體の上では櫻の染井吉野だらけな現状は飽き飽きである。枝垂れ櫻や八重櫻も観たい。福岡城には天守閣が殘存していないものの、枝垂れ櫻は豊富にあり、目を愉しませてくれる。種の保存といふ觀點だけでなく、多樣性を我々の社會でも維持できるやうな余裕・經濟的な強さが欲しいものである。

櫻の蔭 中判カメラの存在理由


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櫻を撮っていて、ふと上を向くと幸せな光景がそこに。そんな經驗は誰しもあるだらう。

そんなときにちょいと撮影、となるとビューカメラだとそもそも三脚が立てられない等の制約がある事が多く、結局は手持ちで撮影できる事がそのやうな際の最低条件となる。

もちろん4×5サイズのフィルムでも手持ち撮影できるのは間違いないし8×10でも實踐されているので何とも良いやうがないのであるが、中級者程度の者が手を出せる市販のカメラとなると中判カメラが事實上の限界となるだらう。

この寫眞もふと上を向いたときに八重櫻と白い櫻が青空に映えたのがとても綺麗と感じたため、パッと櫻色側の花びらを数カ所スポット測光したあと、ハッセルに持ち替えてシャッター速度・絞りを設定し、レンズを上に向けてピントフードを上げ、ルーペを跳ね上げてピントを合わせ撮影したものである。ここまで10数秒もあれば完了してしまうのは、重量級の裝備がどうしても必須となってしまうビューカメラでは到底無理な所作である。

ちなみにハッセルブラッドのピントフードは上から覗く逆像タイプであるため、眞上を撮る際にでも首を上に向ける必要がなく、普通に正面を向いていればよい。これはもの凄い便利である。正像のアイレベルファインダーだと無理な藝當であらう。

用途に應じてフィルムは安價に選擇できる。しかも現在フィルムカメラは二束三文の叩き賣りである。フィルムの將來性が危ぶまれて早十数年であるが、フィルムは数は少なくなれどまだ存在し、危ぶんでいた十年前のプラスチック外装デジカメは今やゴミ以下の扱い、當時撮影した低畫素JPEGファイルは雑魚扱いでRAWは對應不能なソフトが増加である。私のハッセルは1999年製であるが、金属製の外見も大して變はらず、何の問題もなく相變はらずウルトラ快調である。昔撮影したフィルムは35mm判であれ、通常用途であれば解像度的にも問題ない。現實的に撮影可能な枚数を考慮した上でコスト的に観ても、フィルムはなかなか良い線を行ってると思ふのであるが如何であらうか?

まあ話がだいぶ逸れたのであるが、どっちにしろ用途に應じたフィルム選擇とカメラの持ち替へは、フィルム利用者の大きな選擇肢である。私の場合、手持ちはハッセルブラッドの一眼レフカメラ、三脚用途はウイスタのビューカメラ、手ぶらの場合はポケットにOLYMPUS XA、といふだけである。

舞鶴公園の梅林 ビューカメラで被写界深度を克服


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昨日のビューカメラの記事に引き續き、今日も普及促進のためちょいと前の梅の寫眞を掲載してみる。

さてこの寫眞であるが、昨日の記事と同じ場所から方角を變へレンズを150mmに代へて撮ったものである。手前の梅から奥の梅までピントを合はせるため、フロントレンズ煽りF45くらいまで絞って撮った物であったやうに憶えている。

ごく特殊なカメラを除き、35mm判や中判のレンジファインダー型・一眼レフ型・二眼レフ型の寫眞機には煽りの機能がない。そのため、無限遠から最短撮影距離まで全てに焦點を合はせようとすると、單に絞りを最大にするしかない。ところがここで問題發生。特に小型判であるが、絞りがF22くらいまでしかないレンズが多く、しかも最大まで絞ると回折現象ですっとぼけた結果になってしまい、シャープに無限から手前までピントを合はせる事が出來ないのである。これはハッセルブラッドVシリーズ等の中判カメラも同じである。

この無限遠から最短撮影距離まで全てピントを合はせるといふ行爲がどれだけ重要かは、特に廣大な風景を撮影する者にとって厭と云ふほど思ひ知らされている事であらうかと思ふが、小型判では原理的に不可能なので一部だけピントを合はせて誤魔化した(=判型の特徴を生かした)寫眞を強いられ、ズバッと全体にピントが合った寫眞に慣れていない事が多いやうに思へる。これは大變殘念な事である。

ビューカメラはレンズをはめた前枠を上下左右にシフトさせるだけでなく、上向き・下向き・右向き・左向きに傾ける事が可能となっている。光學的な話となると、シャインフリュークの法則 (Scheimpflug principle) により、被寫界深度領域を傾ける事が可能となっている。通常は寫眞機から焦點を合はせている距離から被寫界深度分のピントが合う事はある程度寫眞に詳しい方であればもはや説明すら必要ない事であらうが、ビューカメラは通常だとカメラのフィルム面と平行であるピント面を好きな方向に傾ける事が可能となっている。

つまり、ピント面をピントを合はせたい梅の木々に強引に傾け、そこから更に絞り込んで被寫界深度を稼ぎまくっている譯である。要するに「それズルい!」といふチートな必殺技であり、通常の小型判だと逆立ちしてもできない事が可能になっている。

ちなみに焦點面を傾けている譯であるから、その焦點面から離れれば離れるほどピントは合わなくなるのであるが、この寫眞の場合、焦點面より先は地中深く、焦點面より手前は何もない空中になっている譯で、何も困らないのである。これ發見した人や使いこなした人はほんとに天才だと思ふのであるが、恐るべき事にこの煽り機能は100年以上前の寫眞機にも付いていたりして、むしろ現代の寫眞機は退化しまくりだったりしている譯である。

といふことで、ビューカメラ超面白いよ! と二度目の煽りを入れてみるのである(笑)

舞鶴公園の梅 ビューカメラって面白いよ


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櫻ばかりの投稿もどうかな、と思ひ、ちょいと前の梅を投稿してみることにした。舞鶴公園の梅である。この時はかなりの曇天で今にも雨が降りそうだったやうな記憶があるのだが、相手が難敵である梅であつたため、対抗するためにWISTAを持ち出すことにした。

一般に梅の撮影といふのは結構難しいと言われているのだが、特に難しいのが咲いている梅の木を長焦点距離で狙つた際である。大半の35mmフィルムだと、極めて濃い朱をまとった梅の花が汚く滲んだやうに表現されてしまい、更にNIKKORに代表されるカリカリ系のレンズだとザワザワしたような、見ていて何となく落ち着かない「ウザい」系の寫眞となってしまいがちである。

(もつと最悪なのが一眼デジカメ系で、フラグシップ機でも朱の表現が噓まみれのハイパー塗り絵状態である。が、まあ元々が「センサー感知式自動塗り繪器」なだけに面目躍如でもあらうが・・・)

これに對して大型のフィルムを使った場合、再現性に餘裕があるため滲みも多くなくザワザワした感じもなく、極めてごく普通に撮れてしまうところが利點である。なんだこのくらいうちのカメラでも撮れるよ、と思はれた方は實際に撮ってみると意外にも結果が意圖を反映してくれていない(どうもイマイチな感じになる)のに気づくことだらう。

フィルムカメラの利點はデジカメ玩具のやうにセンサーサイズに縛られない所である。撮影対象ごとにフィルムのサイズを変更して撮影できる點は何者にも代え難い長所として考えられるのである。このやうに腰を据えて緻密な撮影を行う際には、できるだけ大きいサイズのフィルムで、ビューカメラを用いて煽り等を用い厳密にピントを合はせるのが鉄則であらう。

この寫眞の場合は、高臺に登って三脚を立て、カメラを組み立て、蛇腹を延ばして250mmレンズをセットし、煽り・シフトを多少入れた上でスポットメーターで露出を計り、シャッターを閉めてチャージし、ブローニーのフィルムスライダーを突っ込んでから、遮光蓋を引いてようやくシャッターを切ったものである。

當然ながらシャッターを閉めた後はファインダーから像を覗くことはできないため、かなり強くファインダー像腦内に焼き付けておかないと、シャッターを閉める~シャッターを切る直前に人が通ったり強風が起きたりするわけで、撮ろうとしている所がどこなのか憶へておかないとシャッターを切るのを待つことすらできない。これは結構難しい。

一枚撮るのに、慣れてても3分はかかる。だいぶ慣れたので3分でできるやうになったが、通常は10分かかると云はれている。こんな面倒な事をやってでも得られる寫眞はそれ相當の満足感あるものである點が素晴らしい。まさに趣味冥利に盡きるといふものである。

この寫眞を撮った際には何も考えずに撮ったのであるが、改めて観ると背景に緑色がありつつの紅い梅が手前にあり、小型判では恐らく滲みまくって汚く写りがちなものである。フィルムサイズが大きくレンズにもギリギリ8×10まで行けるものを6×7で撮るといふ超餘裕かました状態であるので、特に問題なく写っている。この當たり前のものが當たり前に写るのが嬉しいのである。

ビューカメラ、といふ單語が廢れて久しいやうな氣もする。が、大型カメラといふよりはビューカメラの方が形態を表した單語として相應しいと思ふのでこちらの表現を使っている。ビューカメラもかなり面白いよ。

牡丹園の枝垂れ櫻 中判の魅力


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福岡の櫻は、熊本市のやうに何でもかんでも染井吉野、といふ譯でも無く、かなりバリエーションが豊富である。木を見ても古くから新しく迄、比較的に八重櫻、枝垂れ櫻、山櫻と豊富であり、色も白から櫻色までかなり選り取り見取りである。何でもかんでもお上の云ふ事に右に倣へな文化である熊本に對して、福岡はどちらかといふと斜に構えるところがあり、ここが櫻の種類についても豊富にある所以であろうと勝手に思っている。

さてこの寫眞は枝垂れ櫻、と云ふ譯でもないのだが、なかなか良い形をした一本であり前から何度も撮影している木である。櫻は櫻色が良い、といふ風潮に對して真っ白な花を咲かせているのであるが、ほんのり紅く染まっている感じが青空に映えるのである。實物を見ると息を飲むくらい綺麗なのであるが、これを表現するには透過光でなければほぼ不可能である。

幸ひにしてリバーサルフィルムは同じく透過光で鑑賞するものであり、私の手元では究極と云へる美しさをライトボックスの上で輝かせている。物として殘る寫眞ならではである。寫眞を眞似た模擬的バーチャルな畫像ファイルでは、私としてはやはりモドキ相當な殘念な滿足度しか味わえない點で「ノー」である。

何故私がデジカメの畫像ファイルを原版として保持するのを毛嫌いするのかと云ふのは樣々理由がありすぎてもはや説明不能なくらいの勢いであるのだが、そのうちの一つの理由がこの「滿足度」である。本氣で撮影に行って、苦勞して得た結果が、コンピューターの畫像ファイルといふのは、私の美學的には全く同意しかねる。苦勞したり愉しんだり、時間を得て獲得するのは、やはりリアルな物であって欲しい。逆に云ふと、リアルな物すなわち寫眞を得るために、私は時間を使ひ趣味にするのだ。バーチャルな畫像ファイルを得るだけの趣味であれば、最初からやってないのである。iPhoneで充分だ。

他にもコストパフォーマンスや永續性などあるが、本筋から外れるのでこのくらいで。

さてこの美しい櫻を寫眞として殘すには、廣角レンズでなければそもそも畫角として入らない。この牡丹園は高臺にあり、下がれる距離もかなり制約がある。人の眼はかなり高機能すぎるので、それ相當の畫角のためには、HASSELBLADであれば50mm以下(35mm判だと28mm〜25mmくらいか)の廣角レンズでなければ入らない。できれば40mmレンズが欲しいのであるが、ほとんど使ふ事がないといふのとやたら高額であるため、現状としてはこの50mmレンズが我が家の最強として君臨している。

私はカメラをどちらかと云ふとただの道具として見ているので撫で回したり自慢したりする趣味はなく、このHASSELBLADもLeicaなどと比較しても作りの良さと云ふものを然程感じる物でもない。もちろん、NikonやCanon等最近のプラスチック玩具風デジカメと比較してもそりゃ金属の完全機械式一眼レフとして良いものである事は間違いない。

ただ、道具としての完成度はやはり相當に高く、スウェーデン人といふか作者のVictor氏の美學といふか、徹頭徹尾實用で一貫したデザインといふのは、使い込むほどに感心する。最初不滿點と思へた数々の部分も、良く良く考へ直すと合理的にデザインされており、もはやこれ以上の中判カメラは今後もこの世に存在しないのではないか、と本氣で思へてくる位納得して使っている。手持ちで振り回す爲に必要な最低限の物を全て兼ね備えており、全てがコンパクトかつ理に叶った設計になっている。

この點はレンズにも當て嵌まり、こちらはドイツの近代レンズメーカーと云ふかレンズ工房といふか、Carl Zeissなのであるが、こちらも國産の小型判に強引にコントラストを付けるため非球面レンズを多用したものと比較しても、レンズ設計で勝負と云はんばかり球面レンズとコーティング技術で直球勝負しているHASSELBLAD用レンズは、圧倒的に自然であり無理がない。それが証拠に、35mm判NIKKORレンズなどで良く出る、強引さの裏返しとして現れる汚い二線ボケやラグビーボールのやうに歪んだ玉ボケ、現實を無視したやうに異常に硬いカリカリの描寫とは無縁である。

最近よく思ふのであるが、35mm判はやはり大伸ばしに對して滿足いく大きさではない、といふ一種當たり前の事實を感じている。元々のロールフィルムの元祖は120ブローニーであったこともさうなのだが、レンズ設計や其の後の紙焼き、フィルムの鑑賞や永續的な保管などで最低限のサイズはブローニーではないだらうか、と考へるやうになってきた。このサイズが最低限、ではなかろうかと。

現實に中判以上のレンズは無理のない設計の物が多いと感じるし、4×5以上のものは小型判とは別次元の滑らかさであるといふのも事實としてある。親指サイズの+αの小さいフォーマットに眞っ當な品質を求めるのは、そもそも無理がありすぎるなぁと思ふ次第でもある。

當たり前であるが、これは單なる趣味人の戯れ言なので本氣で捉えないで欲しいのである。だが、このやうに中判の魅力は實際に使ってみないとなかなか理解できるものでもないだらうとも思ふ。機會があれば是非一度使ってみて欲しいと思ふ次第である。