櫻の福岡城趾


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福岡城は熊本城と異なり、天守閣が殘っていない。そのためちょいと寂しい感じの廣場となっている。天守閣址と思はれる場所はあって展望臺になっているのであるが、さほど大きいものではなく、再建するといいのではないかと思ったりするのである。が、福岡市民の福岡城に對する思い入れは大きい譯でも無さそうで、そのやうな聲は耳にしない。

現状としてはこの寫眞の場所、大手門と幾つかの建物のみが再建されている。幸い周りには櫻が植えられており、この時期の絶好の被寫體となっている。福岡市の特徴としては人が少ないといふものがあり、どこに行っても東京のやうな人出はない。この時もそんなに人は多くなく、ストレスなく撮影が出来た。

さて前回のやうな強烈な蒼を見せたVelvia 100Fであるが、他のコマはこのやうな、どちらかといふとPROVIA 100Fに近い良好な發色を見せている。恐らく色温度が強烈に高い場合や強烈に低い場合などに色が轉びやすい、といふことなのであらう。その點は初代Veiviaも同じであり、高彩色型の制約なのかもしれない。

最近Carl Zeissのレンズに改めて感心している。このマニュアル單焦點レンズDistagon 4/50 CFiも本當に良く寫る。道具としてはコストパフォーマンス最強の部類であらうと思ふのである。

舞鶴公園の櫻 Velvia100Fの癖

先週初め頃の寫眞である。所謂「福岡城趾」たる舞鶴公園の櫻である。現像に出し、歸ってきて、スキャナーで取りこむとこのタイムラグである。寫眞は撮影した瞬間に常に過去を映すものであるため、一週間の間が空くことはさほど痛手ではない。むしろ撮影時の主観が抜けた頃に届く結果に對して、素直に結果を受け止める事ができるのは非常に有利であると感じている次第だ。

午前10時頃だったかであったため、色温度が高く全體的に蒼っぽい寫眞になっている。丁度八分咲きくらいであったため、この日は調子よく120のブローニーフィルムを一氣に4本も撮ってしまった。このやうなことは年に何度あるかといったところである。

ブローニーはフィルムがでかい割に價格が安く、5本パックでも2000円ちょっとで買えるため、非常にお財布にも優しく、しかも高精細で滿足度が極めて高い判だ。コダックのブローニーNo.2以來のロールフィルムの事實上の元祖とも云へるため、最後まで殘るロールフィルムは135判(ライカ判)ではなくこの120判とも云はれているのも頷ける話である。

さて私はいつも富士フイルムのPROVIA 100Fを使っているのであるが、この時は丁度PROVIAが品切れであり、嫁が氣を利かせてVelvia100Fを買ってきてくれたため、しやうがなく使ふことにした。使う段になると「さほど違はないよな」と思ひガンガン使ったのであるが、結果はこの通り。

Velviaシリーズ共通の特徴と云ふか弱點でもあるのだが、順光時の青空が異樣に暗く濃く寫る、といふのがある。Velvia100がこれの代表例でもあるのだが、Velvia50・100・100F三種のなかでも最もPROVIA寄りである100Fでここまでの典型例が出るとは思ってもみなかった。

當然ながら染料を使っているカラーフィルムの色再現にああだこうだ云ふのはどうよ、といふ意見があるのも承知してはいるのだが、ここまで異なる色を出すカラーフィルムといふのもどうよ、と突っ込みたくもなる譯である。そりゃまあ、この大げさな色を好む人が多いのも知ってはいるし、90年代に初代Velviaが出て以來大流行したといふのも知ってるものの、流石にさういふ時代でもなからう、と思ふのである。

勿論これ以外のカットはそれなりに良く撮れており、このやうな例はこの方角で撮ったもののみではあるものの、やはり高精細型カラーリバーサルフィルムの限界といふものも改めて知らしめられた次第である。

ちなみにであるが、元々はどのやうな色だったかといふと、再現は不能ではあるもののLightroom 4でいじくってそれっぽく補正してみた。

福岡の櫻は殆ど散ってしまった。花の命は短いが、其の後からは猛烈な青葉が芽吹いている。

皇后の梅 太宰府天満宮


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皇后の梅(きさいのうめ)。貞明皇后が大正時代にお植えになったとの梅で、飛梅の反對側に竝んで植わっている。この時期の太宰府天満宮は梅盡しでなかなか趣があって極めて好ましい。本殿の神々しさに相まって極めて有り難く、嗚呼九州人で良かったなぁと熟々思ひ返す瞬間でもある。その場で撮影者に出来る事と云へば、有り難い光をそのまま頂き、自然現象としてそのままフィルムに感光させるのみである。それ即ち寫眞である。

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かつてはゴチャゴチャしていた參道も綺麗になっている上、梅ヶ枝餅が極めて美味であるため大宰府訪問はちょっとした樂しみのひとつである。ちなみに最近の一番人氣は「傘の屋」といふお店だったと思ふのだが、ここはカリッと焼いてあり確かに美味しい。ただ、他の店が不味いかといふとさうでもないので、私は大抵待つことなくすぐ買へる「みどり屋」を贔屓にしている。ここも同じくカリッとしている上にボリュームも多く、立ち寄るとすぐおばちゃんが渡してくれる。梅ヶ枝餅はかうでなくてはいけない。竝んで買ふものではなからう。

熊本出身の身としては太宰府天満宮の幼少時の記憶なぞ殆ど無いのではあるのだが、高校時代だったかに來たときにはもっと土煙たなびき小汚い店と梅ヶ枝餅の露天が竝ぶ一種猥雜な感触を持っていたもののである。が、時は代はり、今となってはプチ鎌倉と云はんばかりのお洒落さんゾーンと化し、森ガールのやうなお洒落さんがふらふら歩いていたりする。ここまで若者を引きつけ信仰を集める太宰府天満宮も凄いものである。

當然ながら參道でハッセルを振り回すやうな野暮はしないので寫眞は無い。所謂スナップ撮影については、私自身が撮られる事に抵抗があるため極力行はないやうにしているのだが、それはまたべつの機会に。

飛梅 太宰府天満宮


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久しぶりに更新。年始より人間的な生活があまり送れてなかったので、反省して。寫眞を撮るだけ撮るんだけど、撮っただけで滿足して放置といふ生活を送ってしまっていたため、是正するためにちょっとずつ更新していく事にする。

太宰府天満宮。知る人ぞ知るお宮であるのだが、詳しい事は公式ページWikipedia等を參照して頂くとして、現代の現地人からすると、いはゆる「學問の神樣」である。

そこには飛梅傳説といふ面白い話があるのだが、その飛梅さんご本體といふかご本尊といふか、本物(と云はれる木)はまだそこに立派に咲いている譯である。この梅のお陰で大宰府=梅のシンボルマークが成立し、太宰府市はもとより參道で食べる事を半強制される食べざるを得ない「梅ヶ枝餅」にも立派に梅の焼き印が入っている。

この太宰府天満宮の横の山奥には九州國立博物館があり、この時も細川家の至寶とか云ふ催しで訪れたのであったのだが、毎度お詣りして敬虔な市井民を標榜するのであった。單におみくじが好きなだけかも知れんが・・・

この時はまだ梅が咲き始めだったた上に天気が良くなく、余り目立った成果は無かったのだが、飛び梅がうまい具合に咲き始めていたため、最近接距離からPlanar 80mm解放近くで一發撮りである。大判で撮るやうになってから同じ構圖の寫眞は一枚しか撮らない主義になったため、120フィルムの6×6で撮った12枚はバラエティに富んでいる。全部違う寫眞である。たまに失敗もあるが、露出さえ狂ってなければなんとかなるもんである。

さよならEktachrome

昨日衝撃の事実が明らかになったのであるが、KodakがリバーサルフィルムのEktachromeシリーズを終了させるとアナウンスがあった。数年前にKodachromeが終了しているため、事実上の元祖メーカーであるKodakからリバーサルフィルムが消滅する事になった。

これで我らが(というか単に贔屓にしてるだけであるが)富士フイルムのリバーサルフィルムであるFUJICHROMEの独り勝ち状態になった。もちろん全く喜ばしい事ではなく、オンリーワンになっちゃった訳なので、この後どういう風になっていくのかさっぱり分からん怖さはある。

まあ逆に言えば、日本製品がまたもや世界を制覇してしまった訳でもあるので、悲しんでばかりもいられないだろう。むしろデジカメ方面も進化の袋小路に入ったメーカーがバタバタ行く可能性もあり、先日もオリンパスがあんな状態になっちゃって事実上の戦線離脱な訳で、他のメーカーもまあ飽きられないように精々頑張って下さいませ、とデジはiPhone4Sで十分な私は冷めた目で見る訳である。

話が逸れた。どっちにしてもまあ、リバーサルフィルムがなくなってもらっては困るわけで、今年もまあ消費しまくろうではないか、と今日も120のPROVIA 100Fを一本撮り終えた。個人で出来る量はたかがしれているが、日本各地で使われているという事実もまた重要な事であろう。