撮影に行ったのにフィルムを忘れる→XA大活躍

仕事の合間を縫って藤棚を観に行ったのであるが、うっかりフィルム(ブローニー120のPROVIA 100F)を持って行くのを忘れてしまった。アホである。こういう時に限って、持って行ったのがWISTA望遠セットである。

  • WISTA 45 SP
  • Sinar Roll Film Holder 6×7
  • CM FUJINON W 250mm F6.7
  • FUJINON T 400mm F8
  • SEKONIC L-758D
  • TOYOのルーペ
  • レリーズ
  • 三脚 (SLIKのカーボンのなんか忘れた + ARCA SWISS Z1)

改めて総重量を計ってみたら6.8kg+2.1kg(三脚)=8.9kgであった。クソ重いはずである。

で、フィルムがない。只の鉄とガラスの塊である。

しかし、ビューカメラを持って行く際に必ず持って行くカメラがあった。OLYMPLUS XAである。これは恐ろしく軽いというか200gくらいしかない。大きさもiPhone 4Sより横が短い。黄色の二重像を重ねる距離計付きの立派なレンジファインダー機、精度の良い露出計内蔵、しかも35mmフルサイズ機(笑)である。

本機は2年前に天神の中古カメラ屋に安価にあったものを保護したものである。露出計が当初アンダー気味だったためカラーネガ専用機として適当に使っていたのであるが、使っているうちに改善されてきて、今やSEKONICの露出計とだいたい同じ値を弾き出すまでに改善したため、今年からリバーサル機として大活躍中である。何故改善されたかは謎であるが、結果オーライである。

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クレジットカードサイズを一回りだけ大きくしただけである。ちなみに裏蓋だけは金属であるため、手触りはひんやりして意外にイケる。この点だけはNikon F100よりも上である。

さてこのXAにPROVIA 100Fが入った状態でポケットに入っていたため、全く撮れないという嘆かわしき事態だけは避けることが出来た。幸いターゲットたる藤棚もさほど満開という訳でもなく、フィルムがあったとしても撮らなかったかな、と思えるほどであったため、こちらも結果オーライであった。

いずれにせよ、フィルムは余計に買っておくこと、それと出掛ける前には必ずフィルムを持って行く事をチェックすること、が重要なことであると改めて思い知った次第である。フィルム忘れなくても露出計とかレリーズとかルーペとか忘れるんだけどね・・・

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Attraction of the middle format film

I went to the place where I like to visit, Ohori park in Fukuoka city, the beautiful place. The next place is the Fukuoka castle, the famous park of the cherry blossoms and ume flower. Unfortunately, the ume flower was end, but the cherry blossoms will be fine within few weeks.

I went to shoot the cherry blossoms with middle format camera, the Hasselblad. There was many photo shooter, but almost all had the digital small format camera with zoom lenses. I disagree the authenticity of the digital format, and I like with film shooting.

I have some format cameras, 35mm, middle format, and large format. In recent days I often use the middle format camera, the Hasselblad. This world class famous camera has many extreme well-made lenses, the Carl Zeiss. Unfortunately, the latest Haseelblad H series don’t have the Carl Zeiss series (with FUJINON, the lens manufacturer in Japan), but the previous V series has many Carl Zeiss lenses made in Germany. And this is full mechanical camera, working with no electronic powers.

I like the large format film, and with reversal (slide) film, because of its integrity — we can see the film with normal color directly. The 35mm film size is very small and we can see it with some 4x rope for full sight, but the middle format or larger size enable to see directly. The middle format film with Hasselblad 6×6 cm size is the smallest size to see directly I think. Its size is little bit smaller than the normal postal card, and good to see it directly through a light box.

This direct view size also enable me to see with both eyes through the view finder. Hasselblad has a big, bright and beautiful finder called acute matt D, developed by Minolta, and it makes me happy to shoot.

Anyway, I went to there with my Hasslblad 503CW, and bring my 2 lenses, Distagon 50mm CFi and Sonar 180mm CFi. I planned to shoot cherry blossoms with Distagon for the wide angle for the main purpose, and the Sonar to shoot with long-range shoot for the sub.

2013-03-15

 

Yes, I love this old-style shooting.

 

野苺の花 Proxar 0.5 + Planar 80mmの限界

野苺の花
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凄く良く咲いていたのでProxar 0.5を付けて撮ってみた。青っぽいのは實際に天氣が惡かったのと、しかも日陰であったためであり、見た目どおりである。

Planar 80mmにフードを付けていた場合、フードの先から10cmくらいの距離が最短撮影距離になるのであるが、實際問題これより短い距離で撮影した場合、フードに當たってしまうといふ問題が發生する。フードを外せばもう少し距離を短くできるものの、今度はレンズが蔭になってしまうといふ問題が起きる。

假にこれ以上大きく擴大したいといふ場合、レンズそのものの長さを縮める譯にもいかない譯で、選擇肢としてはもっと焦點距離の長いレンズで撮影するしかない。ただ、余りにも大きく寫しすぎた場合(フィルムに寫った像が實物よりも大きい場合)、もはや生物學的な學術用資料のやうになってしまうのが難點でもある。この辺は小さな判面の35mm判では味わう事の出來ない惱ましさでもあらう。

舞鶴公園の牡丹 Carl Zeiss Proxar 0.5

舞鶴公園の牡丹
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もう5月である。今日は博多どんたくを外ではやっとったのであるが、博多松囃子と博多にわかを聞いて來て滿足である。寫眞の方は松囃子をFUJICOLOR PRO400で撮ってきたのであるが、當然ながら現像のあがりはまだ先であるため、4月末に撮った牡丹でも載っける事にする。

さて牡丹はきわめてデカい花である。ほらほら撮って! と云はんばかりの花を咲かせるのであるが、どれ撮ってやらう、と思った場合、人情としてはファインダー一杯に撮ってやりたくなる。大きな牡丹の花を6×6判にいっぱいに撮った場合、擴大率はだいたい1:4〜1:8くらいなのだらうか。

が、HASSELBLADを手持ちで撮影する場合、Planar 80mmの最短撮影距離は約0.9mである。WISTAを使ふ場合は150mmをつけて蛇腹を300mmくらい伸ばせばどんだけでも大きく撮せるのであるが、小型手持ち機であるHASSELBLADにはそれができない。できないから大きく撮せない。これでは不満が殘りまくる。

この場合の選擇肢は二つである。(1)Extension Tubeを付けて蛇腹を延ばしたのと同じ構成にする、(2)Proxarといふクローズアップレンズを付ける、である。このいづれかで大きく撮せるやうになる。

(1)の選擇が通常のものであるが、くそめんどくさい話として、蛇腹を延ばした(のと同じやうにExtension Tubeを噛ました)場合、露出倍數を計算してやらねばならない。具體的には、延ばした距離に應じて露出を多めにかけて(數段分絞りを明けるか、シャッター速度を遅くするか)やらねばならないのである。

蛇腹のビューカメラでも同じなのだが、この露出倍數の計算がくそめんどくさい、といふのもあるが何より「忘れる」ことが多いのである。撮る際に數段分落とすのを忘れて、現像後に暗い上がりを観てびっくり!といふ事が何度あらうか。さすがに最近は何度も何度も痛い目に遭っているだけあって忘れる事は少なくなったが、それでも怖いといふのは正直な感想である。

※經驗的に憶へている數値としては、150mmレンズを付けて蛇腹を300mmに伸ばしてピントを合はせた場合、露出は2段暗めに出る、といふのがある。これが忘れるのだよ・・・

それに對して(2)のクローズアップレンズは露出倍数を氣にする事がない。露出はそのままで良いのである。その代わり、レンズを一枚かますわけで、寫りに惡影響が出る可能性が在るわけである。

その中でもHASSELBLAD純正のProxarはCarl Zeiss社製のものであり、T*コーティングもされている事からなかなか良いものであると巷では云はれ續けているものである。0.5、1.0、2.0と三種類あり、我が家にもこのProxarの0.5と2.0の2枚を激安で海外から調達したものがある。

凄く判りづらいのだが(といふかまともに解説してある日本語サイトを知らないのだが)、この0.5とか1.0とか付いている數値は、無限遠をこの距離(メートル)に強引に變換する、といふ指標になっている。つまり、Proxar 0.5をPlanar 80mmに付けた場合、ピントが合う距離が通常の「0.9m – ∞」から「0.3m – 0.5m」に變換されるのである。

これはProxarに付属のマニュアルを讀めば一目瞭然なのであるが、殘念な事にマニュアル付きのProxarはなかなか世の中に出回らなく、しかもマニュアルのPDFが公開されてないやうで、ほとんどは裸のレンズのみである。しかも無駄に高い。適正價格は1萬圓以内だと思ふのだが、これを越へる價格で取引されてしまっているのはどうよ、と思ふ。デジカメなんぞ新機種が出たらボロクソに中古價格が崩壊するくせに、HASSELBLADやRolleiの最終モデルなぞは全然價格が落ちないので困っている次第である。みんな頼むからデジカメに行ってくれ・・・(安く買いたいので)

まあそんなわけで、この寫眞も最短撮影距離である0.3mから激寫したものである。観てもあまり判らないのだが、ピントが合っている所は元々のPlanar 80mm CFEの切れ味そのままである。が、あまり判らないものの無限遠側のボケについては、二線ボケの傾向が少し出てくる。

まあ強引に無限遠を矯正しているのでしゃーない話でもあるのだが、その缺點を持ってしても便利さには叶はない、といふ事でProxar 0.5を使いまくる日々である。寫眞の牡丹を撮影した際は暗かったので、ほんとに暗く寫っている。他の寫眞もさうであるが、現物のリバーサルフィルムからスキャンして、フィルムの縁を切り抜いてサイズ變換している、ほぼストレート出力である。最近主流のHDR風インチキ高彩度塗り繪と比較すると暗く眠いと思ふが、やはり花びらは滑らかさが出てナンボだと思ふのであるので、そのままにしている。

福岡城大銀杏の新緑 CFi Distagonの威力と癖

福岡城大銀杏の新緑
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特に有名な木と云ふ譯でも無いと思ふのだが、でっかい銀杏に青々と新緑が出ていたので廣角レンズで撮ってみた。緑が綺麗なのである。それだけと云へばそれだけである。

本格的に寫眞を撮るようになってから、このやうな當たり前の景色に對して随分と敏感になったものだと感じる。普通は大して見向きもされない被寫體に對して綺麗だなと思ふ感覺は、デスクワーク主體の感性からは絶對に導き出せないと確信している。生活に侵入するデジタル万歳な流れから一時身を休めるためにも、寫眞こそはアナログで貫き通したいと考へる次第である。

しかし、買った當初は「あれー、こんなもんかな?」といふ感じだったCarl Zeiss Distagon T* 4/50 CFiであるが、最近は諸々大活躍である。結局は上手く使ひこなせなかっただけ、といふ結論になるのであらうが、やはり元々プロフェッショナル利用を想定しているHASSELBLADのレンズだけあって、一筋繩ではいかないところがある。

このCFi Distagonの使い方は難しい。無理に高精細型のフィルムを使ったりPLフィルターを利用すると暗所が潰れ階調の薄いトンデモ寫眞の出來上がりなのである。そのため、富士フイルムのリバーサルならPROVIA系かASTIA系、ネガならPRO 160NCかNS系の比較的普通の描寫をしてくれるタイプを用いる必要がある。先代のCF系だとVelviaでもOKだったさうであるが、とてもではないがこの最新型では無理。それだけコントラスト命で作り込まれていると考へれば良いのだらう。

また、35mm判換算で25mm前後の廣角レンズであるため、水平を嚴密に取らないと乗り物醉いしさうな寫眞になってしまう。これはSWC等に付いているBiogonなどと同じだとは思ふ。6×6判が特に目立ちやすいといふのもあるか。

あとは、FLEといふフローティングレンズ要素が手動であるため、こいつを距離に合はせてカチカチと設定する必要がある。大半は4m〜無限の所に合はせておけば良いのだが、たまに近接撮影する場合に設定を忘れてしまう。影響は微細であるものの、やはり正確に設定しておいた方が尖鋭度が良いやうな氣がする。

それと意外にも手振れしやすい。HASSELBLADの利點は手持ちで中判一眼といふ所に歸結してしまふと思っているのであるが、シャッタースピードは最低でも1/60は必要だと感じる。35mm判の感覺だと1/30でも行けると思ふのだが、愼重にシャッターを押してもぶれている事が多い。まあ、クソでかい503CWのグラインドミラーがバコ!と跳ね上がる衝撃なのだらうが、これは諦めるしかないか。

特に日本の有料廣告誌商業寫眞誌だと2000年代以降のCFi/CFEシリーズのレンズについては全く人氣がないといふガラパゴスな状況が續いたお陰でずいぶんと安價に底値で買へたこのレンズであるが、結局世界レベルでは人氣がありebayでも値上がり著しく、殘念ながら日本でも價格が徐々に上がりつつある。恐らく3年前に破格で購入した水準では現在では難しいだらう。といふか無理。もっと古代のCレンズ万々歳な中古カメラ屋主導の風潮が續いてくれればもっと安く買へたのだが。殘念である。

機械式寫眞器とはいへ、特に機械式こそメンテナンス命でもあり、部品供給等の心配が最も少ない最新式が選擇されるのは極めて合理的である。HASSELBLADなぞは愛でる對象としては元々イマイチであり、使い倒してナンボの實用機として世界中で取引されていたりするわけで、さういふモノとして珍重され愛用されるのは道具として幸せだろうな、とふと思ふ次第である。

福岡城の枝垂れ櫻

福岡城の枝垂れ櫻
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九州では櫻の季節が終はって久しいのではあるるが、フィルムの現像が上がってきているので今頃になって見返す日々である。何度か書いているやうに、これは寫眞の利點でもある。撮って直後に「プレビュー」できてしまう疑似寫眞器では當然ながら味わえないのだが、電子ファイルとは完全に事なり、フィルムの上に物理的に繪を成しているからこそ、時間がかかるのは必然だ。エア寫眞とは事なり、實際に触れるものには時間が必要なのだ。まあさういふ堅苦しい事はおいておこう。

さて、被寫體の上では櫻の染井吉野だらけな現状は飽き飽きである。枝垂れ櫻や八重櫻も観たい。福岡城には天守閣が殘存していないものの、枝垂れ櫻は豊富にあり、目を愉しませてくれる。種の保存といふ觀點だけでなく、多樣性を我々の社會でも維持できるやうな余裕・經濟的な強さが欲しいものである。

櫻の蔭 中判カメラの存在理由


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櫻を撮っていて、ふと上を向くと幸せな光景がそこに。そんな經驗は誰しもあるだらう。

そんなときにちょいと撮影、となるとビューカメラだとそもそも三脚が立てられない等の制約がある事が多く、結局は手持ちで撮影できる事がそのやうな際の最低条件となる。

もちろん4×5サイズのフィルムでも手持ち撮影できるのは間違いないし8×10でも實踐されているので何とも良いやうがないのであるが、中級者程度の者が手を出せる市販のカメラとなると中判カメラが事實上の限界となるだらう。

この寫眞もふと上を向いたときに八重櫻と白い櫻が青空に映えたのがとても綺麗と感じたため、パッと櫻色側の花びらを数カ所スポット測光したあと、ハッセルに持ち替えてシャッター速度・絞りを設定し、レンズを上に向けてピントフードを上げ、ルーペを跳ね上げてピントを合わせ撮影したものである。ここまで10数秒もあれば完了してしまうのは、重量級の裝備がどうしても必須となってしまうビューカメラでは到底無理な所作である。

ちなみにハッセルブラッドのピントフードは上から覗く逆像タイプであるため、眞上を撮る際にでも首を上に向ける必要がなく、普通に正面を向いていればよい。これはもの凄い便利である。正像のアイレベルファインダーだと無理な藝當であらう。

用途に應じてフィルムは安價に選擇できる。しかも現在フィルムカメラは二束三文の叩き賣りである。フィルムの將來性が危ぶまれて早十数年であるが、フィルムは数は少なくなれどまだ存在し、危ぶんでいた十年前のプラスチック外装デジカメは今やゴミ以下の扱い、當時撮影した低畫素JPEGファイルは雑魚扱いでRAWは對應不能なソフトが増加である。私のハッセルは1999年製であるが、金属製の外見も大して變はらず、何の問題もなく相變はらずウルトラ快調である。昔撮影したフィルムは35mm判であれ、通常用途であれば解像度的にも問題ない。現實的に撮影可能な枚数を考慮した上でコスト的に観ても、フィルムはなかなか良い線を行ってると思ふのであるが如何であらうか?

まあ話がだいぶ逸れたのであるが、どっちにしろ用途に應じたフィルム選擇とカメラの持ち替へは、フィルム利用者の大きな選擇肢である。私の場合、手持ちはハッセルブラッドの一眼レフカメラ、三脚用途はウイスタのビューカメラ、手ぶらの場合はポケットにOLYMPUS XA、といふだけである。

牡丹園の枝垂れ櫻 中判の魅力


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福岡の櫻は、熊本市のやうに何でもかんでも染井吉野、といふ譯でも無く、かなりバリエーションが豊富である。木を見ても古くから新しく迄、比較的に八重櫻、枝垂れ櫻、山櫻と豊富であり、色も白から櫻色までかなり選り取り見取りである。何でもかんでもお上の云ふ事に右に倣へな文化である熊本に對して、福岡はどちらかといふと斜に構えるところがあり、ここが櫻の種類についても豊富にある所以であろうと勝手に思っている。

さてこの寫眞は枝垂れ櫻、と云ふ譯でもないのだが、なかなか良い形をした一本であり前から何度も撮影している木である。櫻は櫻色が良い、といふ風潮に對して真っ白な花を咲かせているのであるが、ほんのり紅く染まっている感じが青空に映えるのである。實物を見ると息を飲むくらい綺麗なのであるが、これを表現するには透過光でなければほぼ不可能である。

幸ひにしてリバーサルフィルムは同じく透過光で鑑賞するものであり、私の手元では究極と云へる美しさをライトボックスの上で輝かせている。物として殘る寫眞ならではである。寫眞を眞似た模擬的バーチャルな畫像ファイルでは、私としてはやはりモドキ相當な殘念な滿足度しか味わえない點で「ノー」である。

何故私がデジカメの畫像ファイルを原版として保持するのを毛嫌いするのかと云ふのは樣々理由がありすぎてもはや説明不能なくらいの勢いであるのだが、そのうちの一つの理由がこの「滿足度」である。本氣で撮影に行って、苦勞して得た結果が、コンピューターの畫像ファイルといふのは、私の美學的には全く同意しかねる。苦勞したり愉しんだり、時間を得て獲得するのは、やはりリアルな物であって欲しい。逆に云ふと、リアルな物すなわち寫眞を得るために、私は時間を使ひ趣味にするのだ。バーチャルな畫像ファイルを得るだけの趣味であれば、最初からやってないのである。iPhoneで充分だ。

他にもコストパフォーマンスや永續性などあるが、本筋から外れるのでこのくらいで。

さてこの美しい櫻を寫眞として殘すには、廣角レンズでなければそもそも畫角として入らない。この牡丹園は高臺にあり、下がれる距離もかなり制約がある。人の眼はかなり高機能すぎるので、それ相當の畫角のためには、HASSELBLADであれば50mm以下(35mm判だと28mm〜25mmくらいか)の廣角レンズでなければ入らない。できれば40mmレンズが欲しいのであるが、ほとんど使ふ事がないといふのとやたら高額であるため、現状としてはこの50mmレンズが我が家の最強として君臨している。

私はカメラをどちらかと云ふとただの道具として見ているので撫で回したり自慢したりする趣味はなく、このHASSELBLADもLeicaなどと比較しても作りの良さと云ふものを然程感じる物でもない。もちろん、NikonやCanon等最近のプラスチック玩具風デジカメと比較してもそりゃ金属の完全機械式一眼レフとして良いものである事は間違いない。

ただ、道具としての完成度はやはり相當に高く、スウェーデン人といふか作者のVictor氏の美學といふか、徹頭徹尾實用で一貫したデザインといふのは、使い込むほどに感心する。最初不滿點と思へた数々の部分も、良く良く考へ直すと合理的にデザインされており、もはやこれ以上の中判カメラは今後もこの世に存在しないのではないか、と本氣で思へてくる位納得して使っている。手持ちで振り回す爲に必要な最低限の物を全て兼ね備えており、全てがコンパクトかつ理に叶った設計になっている。

この點はレンズにも當て嵌まり、こちらはドイツの近代レンズメーカーと云ふかレンズ工房といふか、Carl Zeissなのであるが、こちらも國産の小型判に強引にコントラストを付けるため非球面レンズを多用したものと比較しても、レンズ設計で勝負と云はんばかり球面レンズとコーティング技術で直球勝負しているHASSELBLAD用レンズは、圧倒的に自然であり無理がない。それが証拠に、35mm判NIKKORレンズなどで良く出る、強引さの裏返しとして現れる汚い二線ボケやラグビーボールのやうに歪んだ玉ボケ、現實を無視したやうに異常に硬いカリカリの描寫とは無縁である。

最近よく思ふのであるが、35mm判はやはり大伸ばしに對して滿足いく大きさではない、といふ一種當たり前の事實を感じている。元々のロールフィルムの元祖は120ブローニーであったこともさうなのだが、レンズ設計や其の後の紙焼き、フィルムの鑑賞や永續的な保管などで最低限のサイズはブローニーではないだらうか、と考へるやうになってきた。このサイズが最低限、ではなかろうかと。

現實に中判以上のレンズは無理のない設計の物が多いと感じるし、4×5以上のものは小型判とは別次元の滑らかさであるといふのも事實としてある。親指サイズの+αの小さいフォーマットに眞っ當な品質を求めるのは、そもそも無理がありすぎるなぁと思ふ次第でもある。

當たり前であるが、これは單なる趣味人の戯れ言なので本氣で捉えないで欲しいのである。だが、このやうに中判の魅力は實際に使ってみないとなかなか理解できるものでもないだらうとも思ふ。機會があれば是非一度使ってみて欲しいと思ふ次第である。

櫻の福岡城趾


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福岡城は熊本城と異なり、天守閣が殘っていない。そのためちょいと寂しい感じの廣場となっている。天守閣址と思はれる場所はあって展望臺になっているのであるが、さほど大きいものではなく、再建するといいのではないかと思ったりするのである。が、福岡市民の福岡城に對する思い入れは大きい譯でも無さそうで、そのやうな聲は耳にしない。

現状としてはこの寫眞の場所、大手門と幾つかの建物のみが再建されている。幸い周りには櫻が植えられており、この時期の絶好の被寫體となっている。福岡市の特徴としては人が少ないといふものがあり、どこに行っても東京のやうな人出はない。この時もそんなに人は多くなく、ストレスなく撮影が出来た。

さて前回のやうな強烈な蒼を見せたVelvia 100Fであるが、他のコマはこのやうな、どちらかといふとPROVIA 100Fに近い良好な發色を見せている。恐らく色温度が強烈に高い場合や強烈に低い場合などに色が轉びやすい、といふことなのであらう。その點は初代Veiviaも同じであり、高彩色型の制約なのかもしれない。

最近Carl Zeissのレンズに改めて感心している。このマニュアル單焦點レンズDistagon 4/50 CFiも本當に良く寫る。道具としてはコストパフォーマンス最強の部類であらうと思ふのである。

舞鶴公園の櫻 Velvia100Fの癖

先週初め頃の寫眞である。所謂「福岡城趾」たる舞鶴公園の櫻である。現像に出し、歸ってきて、スキャナーで取りこむとこのタイムラグである。寫眞は撮影した瞬間に常に過去を映すものであるため、一週間の間が空くことはさほど痛手ではない。むしろ撮影時の主観が抜けた頃に届く結果に對して、素直に結果を受け止める事ができるのは非常に有利であると感じている次第だ。

午前10時頃だったかであったため、色温度が高く全體的に蒼っぽい寫眞になっている。丁度八分咲きくらいであったため、この日は調子よく120のブローニーフィルムを一氣に4本も撮ってしまった。このやうなことは年に何度あるかといったところである。

ブローニーはフィルムがでかい割に價格が安く、5本パックでも2000円ちょっとで買えるため、非常にお財布にも優しく、しかも高精細で滿足度が極めて高い判だ。コダックのブローニーNo.2以來のロールフィルムの事實上の元祖とも云へるため、最後まで殘るロールフィルムは135判(ライカ判)ではなくこの120判とも云はれているのも頷ける話である。

さて私はいつも富士フイルムのPROVIA 100Fを使っているのであるが、この時は丁度PROVIAが品切れであり、嫁が氣を利かせてVelvia100Fを買ってきてくれたため、しやうがなく使ふことにした。使う段になると「さほど違はないよな」と思ひガンガン使ったのであるが、結果はこの通り。

Velviaシリーズ共通の特徴と云ふか弱點でもあるのだが、順光時の青空が異樣に暗く濃く寫る、といふのがある。Velvia100がこれの代表例でもあるのだが、Velvia50・100・100F三種のなかでも最もPROVIA寄りである100Fでここまでの典型例が出るとは思ってもみなかった。

當然ながら染料を使っているカラーフィルムの色再現にああだこうだ云ふのはどうよ、といふ意見があるのも承知してはいるのだが、ここまで異なる色を出すカラーフィルムといふのもどうよ、と突っ込みたくもなる譯である。そりゃまあ、この大げさな色を好む人が多いのも知ってはいるし、90年代に初代Velviaが出て以來大流行したといふのも知ってるものの、流石にさういふ時代でもなからう、と思ふのである。

勿論これ以外のカットはそれなりに良く撮れており、このやうな例はこの方角で撮ったもののみではあるものの、やはり高精細型カラーリバーサルフィルムの限界といふものも改めて知らしめられた次第である。

ちなみにであるが、元々はどのやうな色だったかといふと、再現は不能ではあるもののLightroom 4でいじくってそれっぽく補正してみた。

福岡の櫻は殆ど散ってしまった。花の命は短いが、其の後からは猛烈な青葉が芽吹いている。